QUADRANGLE SERIES SCALE 1:50,000 Kanazawa (10) No.82 GEOLOGY OF THE MINO DISTRICT
By
(Written in 1994)
The Mino district is underlain mainly by the Mino Sedimentary Complex of Jurassic to earliest Cretaceous age and the Okumino Acid Igneous Complex of Late Cretaceous age. The Miocene conglomerate of the Hachiya Formation unconformably covers the Mino Sedimentary Complex at the southeastern area of the district. Tertiary andesite dikes were intruded into the Mesozoic rocks. The Quaternary comprises of terrace, talus, present riverbed deposits and alluvium which are distributed along the present rivers, such as the Nagara, Itadori and Mugi Rivers. Active faults are found in the southwestern region of the district. The geology of the Mino district is summarized as shown in Table 1.

The Mino Sedimentary Complex in this district consists mainly of melanges, turbidites, and slices and blocks of siliceous mudstone, chert, limestone and basalt.
This complex is divided into four units: the Funafuseyama, Nabi, Kamiaso and Kanayama Units on the basis of the lithology and age of their components.
The Funafuseyama Unit consists of Middle Jurassic melanges, blocks and slices of sandstone, siliceous mudstone, chert, limestone and basalt. The limestone yields fusulinids of Middle to Late Permian age.
The Nabi Unit comprises of coherent sedimentary sequences: for example, bedded chert, siliceous mudstone beds, massive sandstone, and the alternation of sandstone and mudstone. The alternating beds of sandstone and mudstone are sometimes disrupted in various degrees. The Kamiaso Unit is characterized by the assembly of the tectonic slices which are composed of ”Toishi type" siliceous claystone, bedded chert, siliceous mudstone, the alternation of sandstone and mudstone, and massive sandstone, in ascending order. Each tectonic slice does not contain the whole section mentioned above.
The Kanayama Unit consists of melanges including blocks and slices of sandstone, siliceousshale, chert, ”Toishi type" siliceous claystone, limestone, and basalt in a sheared mudstone matrix. It is a typical melange of Late Jurassic to earliest Cretaceous age.
The Okumino Acid Igneous Complex is mainly comprised of dacite to rhyolite pyroclastic flow deposits with subordinate basaltic lavas and lacustrine sediments. It is divided into seven masses: Horado, Itadori, Akeshi-dani, Omodani, Nyu-dani, Hachiman, and Yanajimayama Masses. Horado, Itadori, and Yanajimayama Masses are disseminated in this district. Granite, tonalite, granite porphyry, diorite porphyry, quartz porphyry and felsite were intruded into the volcanic rocks and its basements.
The Miocene Hachigatani Formation is a lower formation of the Mizunami Group. The formation is distributed in the district's southeastern region. Neogene andesite dikes are intruded into the the Mino Sedimentary Complex.
The Quaternary comprises terrace, talus, present riverbed deposits and alluvium which are spread along the present rivers such as the Nagara, Itadori, Mugi Rivers. Active faults are developed in the southwestern section of the district.
All mines are closed now except for pottery stone. Copper, lead and zinc were mined in the northwestern and central part of the district. During the World War II, small manganese mines were worked in many places.
Main natural hazards in the district are caused by earthquakes and typhoons.
地域地質研究報告 5万分の1地質図幅 金沢(10)第82号
(平成6年稿)
美濃地域の地質
脇田浩二*
* 国際協力室
本図幅地域の地質調査は,昭和59年度から平成5年度にかけての地質図幅の研究として行われたものである.
本研究をまとめるに当たって,美濃帯堆積岩コンプレックスについては名古屋大学理学部の水谷伸治郎教授,足立守教授,小嶋智博士,岐阜大学教育学部の梶田澄雄教授および地質調査所地質部の木村克己・斎藤真両技官から,奥美濃酸性岩類について住鉱コンサルタント(株)の棚瀬充史氏及び三井金属資源開発(株)の山田直利博士(元所員)から,それぞれ貴重な助言や協力をいただいた.ここに記して深甚の謝意を表する.
本報告で使用した岩石薄片の作製は,地質調査所地質標本館の安部正治・佐藤芳治・野神貴嗣及び大和田朗各技官,北海道支所佐藤卓見技官が担当した.
「美濃」図幅地域は,東経136°45′と同137°00′の経線ならびに北緯35°30′と同35°40′の緯線に囲まれる範囲で,岐阜県の中央部に位置している.
本図幅地域の地形は,全体としてはなだらかな山地をなし,標高の最高点は北中部に位置する瓢ヶ岳で1162.6mである.河川沿いの標高は,南半部でおおよそ30-50m,北半部でおおよそ130-200mである.
本図幅地域の北西部には巨大な石灰岩体が,北中部には奥美濃酸性岩類が分布しており,それ以外の地域には美濃帯堆積岩コンプレックスの砂岩や泥岩を主体とした地層が分布している.そのような地質の違いは地形に明瞭に現れている.北西部において,美濃帯堆積岩コンプレックスの舟伏山ユニットの石灰岩体が分布している地域では頂部が平らで周辺部で急な崖をなす地形が形成されている.一方,北中部には奥美濃酸性岩類が分布し本図幅地域では最も標高の高い地域を形成している.その他の地域で,急峻な稜線や崖を形成しているのは,その多くが美濃帯堆積岩コンプレックス中のチャート岩体で,本図幅地域中央部の汾陽寺山,権現山,天王山,誕生山及び美濃市東部の古城山などがその例である.また,本図幅地域から南接する「岐阜」図幅地域ではチャートの分布が地形の高まりとして現れている.
岐阜県中央部における水系は大きく木曽川と長良川の2つの河川系に分けられる.本図幅地域においては,東部に長良川が,北中部にその支流である板取川が,西部に同じく長良川の支流の武儀川がそれぞれ流れている.これらの河川のうち,武儀川は武儀川断層による構造規制を受けて,NW-SE方向に流れている.
本図幅地域においては,広い地域がジュラ紀―白亜紀最前期の美濃帯堆積岩コンプレックスで占められているが,北・中部には白亜紀後期の奥美濃酸性岩類が分布している.その他,中新世の蜂屋累層及び新第三紀と推定される安山岩質の岩脈,河川沿いに第四紀の段丘堆積物や現河床堆積物及び沖積層,山麓部に崖錐及び小扇状地堆積物などがわずかに分布している.本図幅地域の地質の概要を第1表に示す.
美濃帯堆積岩コンプレックス及びこれに相当するものは,西南日本内帯に広く分布しており,外帯の秩父帯などとともに日本列島の骨格をなす地質体で,ジュラ紀前期―白亜紀最前期に形成された(第1図).これらの地質体は,東アジアの大陸縁の収束境界において大陸からもたらされた砕屑物と海洋地殻上の堆積岩類や火山岩類が混じりあい,大陸側に付加されて形成された付加コンプレックスであると多くの研究者によって推測されている.本図幅地域の美濃帯堆積岩コンプレックスは,主に砂岩,泥岩,珪質泥岩,チャート,珪質粘土岩,石灰岩及び玄武岩などからなる.これらの構成要素のうち,珪質泥岩,チャート,珪質粘土岩,石灰岩及び玄武岩は,二畳紀からジュラ紀(一部,白亜紀最前期)にかけての時期に,大陸縁辺部に近づきつつあった海洋地殻上に堆積して形成された岩石と考えられており(Otsuka,1988;Wakita,1988b),とりわけ珪質泥岩は最も大陸に近い位置で堆積したものと推定されている.これらに対して,砂岩や泥岩は美濃帯堆積岩コンプレックスのなかでは最も形成年代の新しい岩石で,その大部分は大陸縁辺部に近づいた海洋地殻が海溝に沈みこむ際に,陸源砕屑粒子がタービダイトとして流れこみ,重なったものと理解されている.
海洋地殻の上に堆積した岩石類やその上にさらに堆積した砂岩・泥岩の一部は,海洋地殻とともに沈みこむことなく,海溝付近で多数つくられる低角のスラストにより陸側に押しつけられる(加賀美ほか,1983).美濃帯堆積岩コンプレックスは,このような付加過程を繰り返し,海溝より陸側に数多くの断層で区切られた地質体(付加体)を形成していった.付加体では,堆積過程とともに破断・混合・変形過程がほぼ同時に進行し,複雑な構造が作られていった.美濃帯堆積岩コンプレックスのなかに認められる断層・褶曲の多くは,付加体の形成過程と密接にかかわった変形運動で形成されたとみなされる.このような付加過程を経たのち,海底地すべりや泥火山,泥ダイアピル,断層にそった破断変形といった過程が複合して,メランジと呼ばれる地質体が数多く形成された(Wakita,1988b).メランジは,泥岩の基質中に石灰岩,玄武岩,チャート,珪質泥岩及び砂岩などからなる大小様々な礫及び岩塊が数多く含まれる地質体であり,特に本図幅地域北東部において顕著に分布している.本図幅地域に分布する美濃帯堆積岩コンプレックスは,こうした過程を経てジュラ紀中期から白亜紀最前期にかけての時期に形成されたものである.
奥美濃酸性岩類は,北東隣の「下呂」図幅地域等に分布する濃飛流紋岩と同時期に活動した珪長質―中性の白亜紀後期の火山岩類及び密接に関連する貫入岩類からなる.火山岩類は,ステージI-IVに区分されており,本図幅地域ではその北縁部にステージIの火山岩類が,次第にその分布域の南東部に向かってより若いステージII-IVの火山岩類が分布している.貫入岩類は,高賀花崗岩及び閃緑斑岩,花崗閃緑斑岩,花崗斑岩,石英斑岩などで,火山岩類と空間的,時間的及び組成的に強い共通性をもっている.本図幅地域に分布する奥美濃酸性岩類はおおよそ70-80Maの白亜紀末期に形成された.
蜂屋累層は,流紋岩―玄武岩溶岩及び火山砕屑岩,礫岩,砂岩及び泥岩からなる新第三系前期中新世の地層で,本図幅地域には,東南縁に礫岩がわずかに分布するのみである.
安山岩質の岩脈は,本図幅地域の北部において濃飛流紋岩を貫くNW-SE方向の岩脈群として分布する.これらの貫入時期は明らかでないが,中新世頃と考えられる.
第四紀の堆積物としては,崖錐堆積物,小扇状地堆積物,段丘堆積物,沖積層及び現河床堆積物がある.これらは,主に礫,砂及び泥からなり,長良川,武儀川,板取川及びそれらの支流沿いに分布している.
本図幅地域内を走る主要な断層としては,西南部においてWNW-ESE方向の梅原断層やNW-SE方向に走る武儀川断層や温見断層の延長部に相当するいくつかの断層,東部においてNE-SW方向に走り,武儀川断層などと共役関係にあるとされる断層,北部においてほぼNW-SE方向に走る奥美濃酸性岩の東縁を画する断層及びそれに平行する断層などがある.これらの断層のうち西南部の梅原断層や温見断層は第四紀に活動した活断層であり,特に梅原断層は濃尾地震の活動に関係した地震断層である.


本図幅地域の美濃帯堆積岩コンプレックスは,1970年代末に北に隣接する「八幡」図幅地域において放散虫化石の産出が報告されるまでは,石灰岩に二畳紀の紡錘虫化石が含まれていることから判断して,古生層とみなされていた.
1960年代までで本図幅地域の美濃帯堆積岩コンプレックスを扱った研究としては,鹿沼茂三郎の一連の研究が有名である(鹿沼,1949;Kanuma,1958a,b,1959,1960).これらの研究は,本図幅地域東縁部及びその東方隣接地域から北方の郡上八幡や坂本峠地域までの地域でなされている.本図幅地域東縁部及びその東方隣接地域の地層は,富之保層群と命名され(Kanuma,1958a),中部二畳系とされた.鹿沼(1949)は,美濃市上河和及び武儀町富之保に分布する石灰岩とほぼ同層準の石灰岩から二畳紀中期のNeoschwagerina Zoneの紡錘虫化石の産出を,また本図幅地域北縁部に隣接する地域では二畳紀後期のYabeina Zoneの紡錘虫化石の産出を報告している.また,中村(1966a,b,1967a,b)は,舟伏山周辺地域の石灰岩から,Parafusulina ZoneからYabeina Zoneの紡錘虫化石の産出を報告している.
比較的近年に行われた生層序学的研究としては,東隣の「金山」図幅地域では猪郷(1979)が石灰岩及びチャートから三畳紀のコノドントを数多く報告した.北に隣接する「八幡」図幅地域では,脇田・岡村(1982),脇田(1982)が,珪質泥岩からジュラ紀前―中期の放散虫化石の産出を報告した.北東隣の「下呂」図幅地域内では,水谷(1981)が,金山町の北,馬瀬川沿いでジュラ紀最後期放散虫化石を報告したほか,脇田(1987)やWakita(1988a)が白亜紀最前期の放散虫化石を報告している.本図幅地域では,Wakita(1988b)が,泥岩や珪質泥岩からジュラ紀中期の放散虫化石の産出を,チャートからジュラ紀前期の放散虫化石産出をそれぞれ報告している.
構造地質学的研究としては,本図幅東部から隣接する「八幡」及び「金山」図幅地域にかけての地域について,Mizutani(1964),Yoshida(1972)やKano(1979)の研究がある.Mizutani(1964)及びYoshida(1972)は,この地域を含む美濃帯全域の褶曲構造について論じた.そして,Kano(1979)はこの地域の美濃帯堆積岩コンプレックスの研究にオリストストロームという概念を提供した.しかし,Wakita(1988a)は「金山」図幅地域の泥質岩の構造と化石の分布からこれらの地質体をメランジとみなした.また,Wakita(1988b)は,本図幅地域から「金山」図幅地域にかけてのメランジが泥ダイアピルによって形成されたことを主張した.
美濃帯堆積岩コンプレックスが分布する地域で出版された隣接地質図幅としては,「八幡」(脇田,1984),「金山」(水谷・小井土,1992),「根尾」(河合,1964),「谷汲」(脇田,1991)がある.更に20万分の1地質図幅としては「岐阜」(脇田ほか,1992)が出版されている.また5万分の1表層地質図「美濃」も刊行されている(岐阜県,1992).
本図幅地域の美濃帯堆積岩コンプレックスは,主に砂岩・泥岩・珪質泥岩・チャート・石灰岩・玄武岩からなる.構成岩類のなかで最も地質時代が古いのが石灰岩と玄武岩の大半とチャートの一部で二畳紀,チャートの大半が三畳紀―ジュラ紀前期で,珪質泥岩が,ジュラ紀中期―白亜紀最前期である.砂岩及び泥岩は,地質時代がはっきりしているものが少ないが,ジュラ紀中期―白亜紀最前期と推定される.これらの岩石は,単独もしくはその組合せからなる構造性岩体(tectonic blocks)を構成し,複雑に分布している.美濃帯堆積岩コンプレックスに特徴的な岩相は,メランジ(Wakita,1988b)や破断砂岩泥岩互層(木村ほか,1989),チャート―砕屑岩層序の繰り返しなどである.
メランジは,泥岩の基質中に砂岩・珪質泥岩・チャート・石灰岩・玄武岩からなる礫や岩塊を多数含む地質体で,美濃帯堆積岩コンプレックス中の最も著しく破断変形を受けている地質要素である.破断砂岩泥岩互層は,本来砂岩泥岩互層であったものが,付加過程において破断変形して出来た地質体である.メランジや破断砂岩泥岩互層以外の構造性岩体では一般に岩体内では正常な層序が保たれているが,コンプレックス全体は単純な堆積体ではなく多数の構造性岩体が集積した複合地質構造体として捉えられる.チャート―砕屑岩層序では,下位から“砥石型”珪質粘土岩,チャート,珪質泥岩,泥岩及び砂岩と重なり,この一連の層序の一部ないし全部が断層によって繰り返している.
美濃帯堆積岩コンプレックスは非常に複雑な構造を有していて,その実体を正確に把握することは困難である.近年,数多くの研究者が詳細な地質調査と放散虫化石による地質時代の決定を行って,その実体が次第に明らかになってきたが,まだまだ不明なところが多く,その記載は便宜的な手法を取らざるを得ない.Wakita(1988b)は,美濃帯堆積岩コンプレックスを,坂本峠ユニット・左門岳ユニット・舟伏山ユニット・那比ユニット・金山ユニット・上麻生ユニットに区別した.本図幅地域では,このうち坂本峠ユニット・左門岳ユニットを除く4つのユニットが露出している(第2図).
本報告で用いる用語や概念の多くはWakita(1988b)に従う.メランジは,従来オリストストロームや海底地すべり堆積物と呼ばれていたものである.これは,最近この地域のこの地質体の成因が単に海底地すべりだけではなく,泥ダイアピルや断層運動などを含んだ複雑な過程によるものであることが明らかになってきたためで,成因を含まないメランジという用語を用いた.しかし,メランジは地質図に描きうる大きさをもつ地質体であるという定義であるため,記載上しばしば泥質混在岩相という用語を併用する.これは,岩体ではなく“泥岩基質中に岩塊を含む”といった岩相・組織に対して用いる.この用語を用いて,地質図に描けない大きさの岩体や岩体の一部について記載した.
本報告ではメランジや泥質混在岩相中に含まれたり密接に伴う泥岩に囲まれた岩石を礫・岩塊・岩体といった一般的な用語で記載するが,露頭規模を超えた大きな岩塊・岩体についてはしばしばスラブないしブロックという用語で記載する.露頭規模を超えた大きな岩塊・岩体と周囲の泥質混在岩相との関係を認識するのはいたって困難だからである.両者は形態で区別され,厚さの割に延長方向に長く延びているものをスラブ,塊状のものをブロックと呼ぶ.ほとんどのスラブやブロックは,初生的には断層で囲まれた構造性岩体であったと推定される.そしてスラブやブロックの周囲にはしばしば断層が観察される.しかし,先に述べたようにメランジの成因は多様でしばしば複数の成因が関係している.周囲の泥質混在岩相との関係がはっきりしないスラブやブロックの一部にはのちに流動した泥岩と断層の介在なしに直接接触しているところがあるものと推定される.
本図幅地域のメランジの部分では,岩石や岩体相互の接触関係は一般に明瞭ではなく,推定される関係の可能性も層序関係・堆積接触関係・断層関係・注入関係など多様で特定できない.本図幅においては,ユニットの境界以外では,各構造スラブの境界は一般の地層境界と同様の界線を用いた.したがって,地質図を読む際にはこの点に留意する必要がある.
本図幅地域の上麻生ユニットや那比ユニットにおいても,金山ユニットのメランジのように複雑ではないが,初生的及び後生的断層が複雑に存在し,地質構造の理解を難しくしている.これらのユニットでは,地層の堆積面にほぼ平行な断層面で切られたスラブ状の地質体の集合からなる.

本図幅地域の北西隅にわずかに分布をしており,これは本ユニットの模式地である「谷汲」図幅地域の北東部の延長である.本地域の舟伏山ユニットの構成岩石は,石灰岩・玄武岩・チャート及び泥質混在岩相である.石灰岩・玄武岩・チャートの大半は,メランジ中の岩塊であり,巨大なものは断層で境されたスラブを構成している.
本ユニットの代表的な岩相は,石灰岩である.西に隣接する「谷汲」図幅地域の舟伏山から本図幅地域の北西隅の北山にかけて厚い石灰岩が分布している.いろいろな層準に薄い玄武岩やチャートを伴っている.石灰岩は,灰白色―暗灰色ないし褐灰色を呈し,一般に塊状であるが,まれに層状の部分が認められる.しばしば,紡錘虫など二畳紀後期の化石を産出している(鹿沼,1949).
玄武岩は厚い石灰岩に伴って産するが,玄武岩中に小さな石灰岩岩塊を含むことがある.主に溶岩・凝灰岩・凝灰角礫岩からなり,暗緑色ないし赤褐色を呈する.枕状溶岩が観察されることがある.
チャートは,北西隅の美山町円原に厚く分布している.美山町椿谷最北部と北山の北方・南方などでは,やや薄い構造性スラブとして産出している.美山町の円原地域と椿谷最北部において,チャート・石灰岩互層が分布している.チャートは,淡褐色・灰色・白色などを呈し,層状を示す.しばしば褶曲している.チャート・石灰岩互層では,厚さ2-30cmの白色ないし暗灰色チャートと厚さ10-30cmの灰色石灰岩が繰り返し重なっている.
泥質混在岩相の分布は広くないが美山町柿野西洞付近に石灰岩の厚いスラブに挟まれて分布している.暗灰色泥岩を基質とし,砂岩・チャート・石灰岩・玄武岩などの岩塊を含む.泥岩の地質年代は「谷汲」図幅地域に産出する放散虫化石からジュラ紀中期と推定されている(Wakita,1988b).
本ユニットは,本図幅地域北部及び南部等に広く分布している.主として砂岩泥岩互層からなり,チャート及び塊状砂岩を伴う.他のユニットとは断層で接している.
砂岩泥岩互層は,泥岩が優勢な場合と砂岩が優勢な場合があるが,前者が卓越する.いずれの場合にも,ある程度構造的に破断されており,破断の程度が著しいものは,破断砂岩泥岩互層(木村ほか,1989)として区別してある.破断砂岩泥岩互層は,本来砂岩泥岩互層であったものがメランジと同様に細かく破砕されているが,チャートや石灰岩・玄武岩など異地性岩塊を含まない地質体である(第3図).本図幅地域には,地質図に描きうる大きさで分布している.破砕された程度は様々で,本来保有していた堆積構造を充分に残しているものから砂岩層が完全に礫化しているものまである.本報告では,堆積構造を充分に残しているものを破断の弱い砂岩泥岩互層と,砂岩層が完全に礫化しているものを破砕の著しい破断砂岩泥岩互層と表記・記述している.前者は,Wakita(1988b)のweakly disrupted turbidite, 後者はthoroughly disrupted turbiditeに相当する.チャートや砂岩・石灰岩・玄武岩などの礫を含む泥岩(泥質混在岩相)も僅かに分布している.
チャートは,厚さ数mから数100mの構造性スラブとして,破断砂岩泥岩互層などの砕屑岩層に挟在している.破砕帯を伴わないシャープな断層面で砂岩と接することが一部で確認されている.チャートは数cmの珪質部と1cm以下の泥質部からなる層状チャートで,一般に灰白色―暗灰色を呈している.美山町椿付近のチャートには薄い玄武岩層を挟在している.“砥石型”珪質粘土岩は,優黒色炭質泥岩と灰白色珪質粘土岩の互層の場合と優黒色泥岩のみの場合がある.チャートの下部に接して産出することが多い.
本図幅中央部の美濃市蕨生付近には,白色を呈する特徴的な粗粒砂岩及び礫岩が広く分布している.その東方延長が美並町釜ヶ谷・粥川へ,西方延長が洞戸村市場から美山町椿付近に分布している.礫岩は,主にチャートの角礫を含み,そのほかに泥岩の礫を含む.礫径は,数cm―数10cmである.洞戸村市場では基質が少なくチャートの角礫がびっしり詰まっている礫岩が白色粗粒砂岩とともに露出している.同様な堆積岩は,北接する「八幡」図幅地域では八幡町相生から宇留良にかけて分布している(脇田,1982).

洞戸村高見
東接する「金山」図幅地域南部の上麻生地域に模式的に分布している.本ユニットは本図幅地域の東南部に露出しており,下位から玄武岩,“砥石型”珪質粘土岩,チャート,珪質泥岩,砂岩泥岩互層,塊状砂岩優勢層(礫岩を含む)と重なる一連のチャート―砕屑岩層序の全部ないし一部が,地層の走向にほぼ平行な断層で繰り返している.この断層で囲まれた細長い構造単位を本報告ではWakita(1988b)に従いスライスと呼ぶ.この特徴的なスライスの繰り返しこそ上麻生ユニットの特徴である.
玄武岩の産状は,暗褐色凝灰岩中に緑灰色玄武岩礫を含む凝灰角礫岩もしくは暗緑色―暗褐色の凝灰岩でる.“砥石型”珪質粘土岩は,優黒色炭質泥岩と灰白色珪質粘土岩の互層であるが,しばしば前者が優勢である.また,断層と接し剪断されていることが多い.また断層によってもめた部分では,玄武岩の礫を含むことがある.
玄武岩も“砥石型”珪質粘土岩も他の岩相とは断層で接している.美濃帯の玄武岩の大半が二畳紀であり,一方“砥石型”珪質粘土岩には西に隣接する「金山」図幅地域において三畳紀前期のコノドントを含む(猪郷,1979)ことから,玄武岩は“砥石型”珪質粘土岩より下位にあったと考えられるが,両者の直接の関係は不明である.
チャートは,一般に灰色ないし暗灰色を呈する層状チャートである(第4図).地質図上ではみかけ上数100m-1,000mの厚さを有するように表現されているが,チャートは複数の断層で繰り返している.その証拠に厚いチャートでは,しばしば泥岩や珪質泥岩を断層で挟み込んでいる部分が存在する.チャートの上には整合に珪質泥岩が重なっていると考えられるが,両者は一般に断層で接しており,実際に整合関係は確認されていない.
珪質泥岩は,暗灰色ないし灰褐色を呈し,一部はややシルト質である.また,生痕化石及びマンガン団塊が含まれることがある.
珪質泥岩の上位には,泥岩や砂岩泥岩互層(第5図),塊状砂岩などの陸源砕屑岩が重なる.塊状砂岩が優勢な地層では,厚さがそれぞれ数mの塊状砂岩と泥岩優勢な砂岩泥岩互層が繰り返している.
本図幅地域南部には,比較的広範囲に砂岩優勢な砂岩泥岩互層が分布している.ここでは厚さ3m以上の塊状粗粒砂岩が厚さ10cm程度の泥岩を挟在する場合と,厚さ5cm以下の砂岩層と厚さ数10cmの泥岩からなる泥岩優勢な砂岩泥岩互層もしくは砂岩と泥岩の単層の厚さがそれぞれ数10cmの砂岩泥岩互層などと繰り返す場合などが認められる.砂岩は,灰色を呈し,一般に中粒―粗粒である.
本図幅地域東部の武儀町富之保には礫岩が分布している.粗粒砂岩を基質とし,数cm―数10cmの礫を含んでいる.角礫から亜角礫が主で,礫種はチャートが大半で,珪質泥岩,泥岩などを伴っている.礫岩と礫岩の間には,2-3mの砂岩泥岩互層を挟む.この互層の堆積面には炭質物が密集していることがある.この礫岩は,東接する「金山」図幅地域の和田野礫岩(鹿沼,1956)の一部にあたる.「金山」図幅地域では,砂岩・頁岩・チャート・石灰岩・緑色岩(玄武岩)など多様な礫を含んでいる(水谷・小井土,1992).また,まれに径数10mに達する岩塊を含んでいる.

美濃市下須原

美濃市佐ヶ坂
本図幅地域の北東部の大部分や中西部の一部に分布している.主たる構成要素は,メランジと呼ばれる泥質混在岩相の地質体である(Wakita,1988b).砂岩・泥岩・珪質泥岩・チャート・“砥石型”珪質粘土岩及び玄武岩からなる.泥岩及び珪質泥岩の一部は,基質を構成し,その基質に囲まれるように砂岩・チャート・玄武岩及び“砥石型”珪質粘土岩が礫や岩塊として含まれている(第6図).岩塊の大きさは数mm―数kmで,一般に走向方向に長く伸びている.岩塊として最も卓越するのは砂岩で,次いで珪質泥岩及びチャートが多く,石灰岩及び玄武岩は礫としてはまれにしか産出しない.
基質は,暗灰色ないし黒色を呈し,弱い剝離性がある.剝離性は,珪質な基質ではしばしば不明瞭である.これは,続成作用の過程で癒着した結果と想像される.剝離性の多くは,メランジ形成と同時期のものであるが,部分的にメランジ形成後の剪断も重複している.基質の泥岩は,不均質でさまざまな泥質岩が混じり合っている.泥質岩は,主に暗灰色な灰色の珪質泥岩・シルト岩から構成されている.
それらの含まれる量の比率は地域によって様々である.珪質泥岩の比率が圧倒的に多い地域も存在する.本報告では,珪質泥岩の比率が多いメランジ(Ksx)を他の普通のメランジ(Kmx)と識別して示してある.Wakita(1988a)は,珪質泥岩の比率が多いメランジを,珪質泥岩の岩塊に暗灰色泥岩が礫とともに注入し形成されたと判断した(第7図).その場合は,珪質泥岩は基質ではなく岩塊の一部とみなすべきであろう.しかし,本報告では,露頭規模で流動した構造を示し,“固い”礫状の岩塊を包んでいる泥質岩をすべて基質とみなすことにする.基質と岩塊の区別は,起源によるのではなく,あくまで相対的な形状によるものであるという立場に立つためである.
メランジ中の砂岩は,メランジに含まれる岩塊の中で最も優勢で,一般に径数cm―数10cmの岩塊として,泥岩基質中に含まれている.砂岩は,一般に細粒―中粒で,径1m以上のものはしばしば粗粒である.メランジ中のチャート岩塊は,径数cm―厚さ数100m長径数kmに達する巨大なものまで様々な大きさのものがある.巨大な岩塊ではしばしば珪質泥岩や“砥石型”珪質粘土岩が密接に伴う.チャートは,一般に灰白色―灰黒色を呈し,暗緑色・緑灰色・赤褐色・赤色のものを伴う.珪質部と泥質部が繰り返す層状チャートで,珪質部が1-15cm,泥質部が1cm以下の厚さをそれぞれ有する.珪質泥岩は,暗灰色ないし灰色・灰褐色を呈し,葉理が認められることがある(第8図).径数mmから数100mまでさまざまな大きさの岩塊として産出し,大きな岩塊ではチャートを密接に伴っている.“砥石型”珪質粘土岩という特殊な珪質堆積物もメランジ中に含まれる.これは,灰白色珪質部と優黒色炭質泥岩よりなり,両者はしばしば単層の厚さ数cmで互層することがある.また,メランジ形成時のせん断を受け,著しく変形している場合がある(第9図).玄武岩はメランジ中には産出は少ないが,美濃市北方ではしばしばレンズ状の岩塊として産出する.塊状砂岩や,泥岩及び泥岩優勢な互層がmappableな岩体としてメランジ中に挟在されるが,これらも巨大なブロックの一部と考えられる.

美並町大矢

美並町大矢(Wakita,1988b;Fig.23)

美濃市上河和

メランジ形成時の著しい破断変形を受けている.洞戸村市場.
本図幅地域における美濃帯堆積岩コンプレックスでは,金山ユニットの各岩石の地質時代が最も良く判明している.Wakita(1988b)は,メランジ中の珪質及び泥質の岩石から放散虫化石を抽出し,それぞれの地質年代を明らかにした(第2表).泥岩は,ジュラ紀後期の前期,珪質泥岩はジュラ紀中期の後期である.東隣の「金山」図幅地域ではジュラ紀前―中期から白亜紀最前期にかけての放散虫化石を産出する(水谷,1981;脇田,1987;Wakita,1988a).チャートからはジュラ紀前期を示す放散虫化石が得られた(Wakita,1988b).猪郷(1979)は東隣接地域の石灰岩及びチャートから三畳紀のコノドントを数多く報告した.また本図幅地域北縁部に隣接する「八幡」地域の石灰岩からはYabeina shiraiwensisやNeoschwagerina sp.など二畳紀後期のYabeina Zoneの紡錘虫化石の産出が報告されている(鹿沼,1949),“砥石型”珪質粘土岩は本地域では化石を産しないが,美濃帯の他の地域の産出化石から判断して三畳紀前期(猪郷,1979)と考えられる.砂岩からは,南接する岐阜図幅地域においてSato(1974)がジュラ紀後期のアンモナイトを報告しているが,美濃帯各地の産出化石から判断してジュラ紀中―後期と考えられる.
舟伏山ユニットの石灰岩からは,Parafusulina kinosakii, Neoschwagerina delicata, Neoschwagerina margaritae, Yabeina igoiなどParafusulina ZoneからYabeina Zoneの紡錘虫化石を産出している(第10,11図)(中村,1965,1966a,b,1967a,b).
上麻生ユニットの岩石は,隣接する「金山」地域に産出する化石(水谷・小井土,1992参照)から判断して,“砥石型”珪質粘土岩は三畳紀前期,チャートは三畳紀中期―ジュラ紀前期,珪質泥岩はジュラ紀中期,砂岩及び泥岩はジュラ紀中期―後期であると考えられる.石灰岩からは,美濃市上河和及び武儀町富之保に分布する石灰岩とほぼ同層準の石灰岩からSchwagerina diversiformis, Schwagerina crassitectoriaなど二畳紀中期Neoschwagerina Zoneの紡錘虫化石の産出が報告されている(鹿沼,1949).玄武岩は,石灰岩と密接に産出するので二畳紀中期と考えられる.
那比ユニットの珪質泥岩から洞戸村洞戸でStichocapsa himedarumaなど中期ジュラ紀後期のGuexella nudata群集の放散虫化石を産出している(第2表).また,北接する「八幡」図幅地域や北西の「谷汲」図幅地域において,泥岩・珪質泥岩・炭酸マンガン塩団塊からジュラ紀中期,チャートから三畳紀前―後期の放散虫化石が産出している(Wakita,1988b).



奥美濃酸性岩類は,岐阜県北西部の奥美濃地方から福井県奥越地方にかけて分布する火山岩類及びそれらに密接に伴う貫入岩類の総称である(棚瀬,1982).
本岩類は,大局的には濃飛流紋岩と同じく北西―南東方向に伸長した分布を示すが,濃飛流紋岩に比べて断片的に散在し,より深部まで削剝されていることを示している.また,貫入岩類や基盤岩類も濃飛流紋岩に較べて広く露出している.その形成時期は,濃飛流紋岩の形成時期とほぼ同じ白亜紀後期とみなされていた(棚瀬,1982).最近,洞戸岩体の流紋デイサイト質溶岩に含まれるK-Ar年代が測定され,68.1±1.1Maという白亜紀最末期の年代値が得られた(小井土,1994).
棚瀬(1982)は,奥美濃酸性岩類を,それぞれ独立した6つの岩体(洞戸・板取・明石谷・面谷・入谷・八幡)に区分した.本図幅地域には,これらのうち板取岩体の一部及び洞戸岩体の大部分が分布している(第12図).洞戸岩体には,高賀花崗岩及び閃緑斑岩が密接に伴い貫入している.棚瀬(1982)が記述したこれらの岩体の他に,新たに本図幅地域中央部の柳島山に流紋岩類の分布を確認した.これを柳島山岩体とする.以下,主に棚瀬(1982)に基づき,本研究によって得られた観察結果を加えて記載する.

流紋岩―流紋デイサイトの溶結ないし非溶結火砕岩及び同溶岩が主体で,少量のデイサイト火砕岩・溶岩や玄武岩を伴う.また,湖成堆積物もいろいろな層準に挟在する(第3表).以下に,岩体ごとの岩相の記載を行う.

本岩体は,北接する「八幡」地域に大部分分布しており,本図幅地域には北西部の板取村小瀬見西方にわずかに露出している.下位より,松根谷層・葛レ谷層・阿部山層に区分される.本図幅地域には,葛レ谷層上部と阿部山層が分布している.
主に流紋岩溶結凝灰岩からなる.灰色ないし灰緑色を呈し,最大径20cmに及ぶ大型の本質レンズを数多く含むことで特徴づけられる.地層は西ないし南に10°- 30°緩やかに傾斜する.層厚は,300-350mである.
下部の泥岩・凝灰岩互層と上部の流紋岩溶岩からなる.下部の泥岩は葉理の発達した凝灰質泥岩で,ガラス質凝灰岩と細互層を形成している.阿部山山頂に向かって40°- 50°傾斜しており,層厚は泥岩凝灰岩互層が約150m,溶岩層が約100mである.葛レ谷層とは断層で接するが本来その上位に位置すると考えられている(棚瀬,1982).洞戸岩体の高賀山層の上に重なっており,美濃帯の堆積岩コンプレックスの上にも不整合で重なっている.
本岩体は,本図幅地域北中部に広く分布し,一部は北接する「八幡」地域にも分布している.下位より,タラガ谷層・高賀山層・片知山層に区分される.岩体の北から南に向かってより上位の層準が現れる(第13図).

1:基盤岩類(チャート,頁岩,砂岩),2:軽石凝灰岩,3:ガラス質凝灰岩,4:デイサイト–流紋デイサイト溶結凝灰岩,5:流紋岩溶岩,6:凝灰質砂岩・泥岩・礫岩,7:玄武岩溶岩,8:流紋岩ガラス質結晶凝灰岩(一部溶結),9:流紋岩ガラス質–ガラス質結晶凝灰岩(結晶片細粒),10:流紋岩溶結凝灰岩(本質・石質岩片に富む),11:石質凝灰岩,12:デイサイト溶岩,13:流紋岩溶結凝灰岩(結晶片中粒),14:石英斑岩,15:閃緑ひん岩,16:黒雲母花崗岩(高賀花崗岩),A–B:白谷,C–E:タラガ谷,F–G:オオレ洞,H–N:高賀–高賀山,O–P:栢野,Q–T:片知山西方,U:口板山–片知山
「八幡」図幅地域南縁部の板取村タラガ谷上流域を中心に分布している.本図幅地域では,板取村小瀬見北東方地域にわずかに露出しているにすぎない.主に流紋岩―デイサイトガラス質結晶凝灰岩からなる.「八幡」図幅地域内のオオレ洞及び高賀山北東斜面では,玄武岩質溶岩を伴う.一般に50以上の急傾斜の地層が多く層序の確立は困難であるが,全体の層厚は500-700mと見積もられている(棚瀬,1982).
「八幡」図幅地域南縁部の高賀山山頂から美濃市乙狩栢野北東にかけて分布する.岩相から下部層(Kol)及び上部層(Kou)の2部層に区分される.下部層は,主に本質・異質岩片に乏しい淡灰色流紋岩ガラス質結晶凝灰岩(一部非溶結)からなり,ガラス質凝灰岩・火山礫凝灰岩・凝灰質泥岩・礫岩・砂岩(第14図)などを伴う.上部層は,軽石片・石質岩片に著しく富む灰―灰緑色の流紋岩溶結凝灰岩(第15図)からなる.上・下層とも北ないし東へ20-40°傾斜し,高賀花崗岩を取り巻いて半ドーム状構造を呈する.下部層は200-500m以上,上部層は250m以上の層厚を有する.


本層は,板取川支流の片知川中流域から瓢ヶ岳・片知山にかけての洞戸岩体南部を占める.高賀山層と同様,岩相から下部層(Ktl)及び上部層(Ktu)の2部層に区分される.下部層は凝灰質砂岩・泥岩を主体として,礫岩・軽石凝灰岩・デイサイト溶岩を伴う.また,上部層は本質レンズに富む灰―暗灰色流紋岩溶結凝灰岩からなる.層厚は,下部層が約200m,上部層が450m以上である.本層は岩体中央部では高賀山層上部層を,南西部では高賀山層下部層を直接覆っている.
本岩体は,本図幅調査中に新たに発見した奥美濃酸性岩類の分布域で,洞戸村下洞戸の南の柳島山周辺にわずかに分布している.脇田ほか(1992)には既にその分布が示されている.主として流紋岩非溶結凝灰岩からなり,高賀山層の下部層に相当すると考えられる.
奥美濃酸性岩類には,花崗岩・閃緑斑岩・石英斑岩・花崗斑岩などの貫入岩類があり,奥美濃酸性岩類の火山岩類や美濃帯堆積岩コンプレックスを貫いている.化学分析値を第4表及び第16図に示す.

1:高賀花崗岩,2:牧水谷トーナル岩,Qz:石英,Kf:カリ長石,Pl:斜長石

洞戸村奥洞戸高賀付近に東西3.8km南北2.5kmの規模で露出するボス状岩体で,優白質の中粒塊状黒雲母花崗岩―花崗斑岩からなる.しばしば,暗灰色細粒相をゼノリス状に含んでいる(第17図).美濃帯堆積岩コンプレックス及び奥美濃酸性岩類の洞戸岩体の火山岩類を貫き,接触変成作用を与えている.

洞戸村高賀山口
トーナル岩は,棚瀬(1982)が牧水谷トーナライトとした岩脈で,美濃市乙狩神矢洞東方,牧水谷沿いに露出している.灰色―暗灰色細粒完晶質で,自形斜長石及び黒雲母とこれらの間𨻶を埋める他形の石英からなる.また,少量の白雲母・鉄鉱物・燐灰石を含む.
閃緑斑岩は,美濃市の乙狩神矢洞及び片知奥板山付近に分布するENE-WSW方向に伸びる岩脈状岩体である.厚さ300-500mで延長2,000-3,000mに達する巨大な岩脈である.暗灰色―暗緑色を呈し,斑状組織が著しい.1cm以下の斜長石斑晶及び5mm以下の普通角閃石斑晶を含む.また,まれに石英斑晶を含むことがある.棚瀬(1982)が牧水谷トーナライトとした岩体の一部もこれに含まれる.
美並町根村・半在・母野・馬越峠,美濃市片知,美山町柿野,板取村小瀬見など,奥美濃酸性岩類の分布域及びその周辺の美濃帯堆積岩コンプレックス中に岩脈として貫入している.岩脈の幅は,数m―数100mである.花崗斑岩は,白色―淡灰色を呈し,5mm以下の自形石英,カリ長石及び斜長石の斑晶と少量の黒雲母を含む.石基は微粒完晶質であるが,規模の大きな岩体では微文象構造を呈することがある.石英斑岩も同様に白色―淡灰色を呈し,5mm以下の自形石英を主体とした斑晶と微粒完晶質の石基からなる.珪長岩は白色を呈し,比較的小規模な岩脈が多い.珪質の石基からなり,斑晶はほとんど含まない.
Yabe(1921)により命名される.瑞浪層群最下部の地層で,おもに安山岩―玄武岩質の火砕岩・水中自破砕溶岩などからなり,凝灰質砂岩・砂礫岩・凝灰質シルト岩などの湖沼性砕屑岩類を伴う(糸魚川,1980;野村1986b).南東に隣接する「美濃加茂」図幅地域には広く分布するが,本図幅地域には,東南縁に礫岩がわずかに分布するのみである.礫径は10cm以下で,礫種は主に安山岩で,砂岩・チャートを伴う.本図幅外であるが,阿仁合型植物群を含み(Ina et al., 1983, 1985),火山岩の年代として約22MaというK-Ar年代が得られている(野村,1986a).したがって,地質時代は中新世の前期と考えられている.
本岩脈は本図幅地域東部の水晶山付近にわずかに露出している幅数mのきわめて小規模な岩体である.貫入面方向は北東―南西を示し,美濃帯堆積岩コンプレックスを貫いている.岩脈は細粒の均質な両輝石―斜方輝石安山岩質の岩石からなる.美濃帯堆積岩コンプレックスを貫くこと以外は本岩の貫入時期を特定する資料はまったく得られていない.近隣の地域では脇田(1984)や河田ほか(1988)が貫入関係から第三紀としているのでこれに従う.
武儀川沿いでは,美山町谷合東方地域において高位段丘面が,美山町青波から岩佐にかけて低位段丘面が認められる.長良川沿いでは苅安及び上河和において高位段丘面が,美濃市周辺に広く低位段丘面が観察される.その他板取川沿いに低位段丘堆積物が分布している.段丘面と現河床面との高度差は高位の場合20-40m程度で,低位の場合数m-10mほどである.段丘堆積物はおもに礫と砂及び泥からなる.
長良川・武儀川・板取川及びその支流に沿って分布している.主に礫,砂及び泥からなる.急傾斜の発達する奥美濃酸性岩類の分布域周辺に多く,特に東斜面の美並村西方には比較的規模の大きいものが発達している.
長良川・武儀川・板取川・片知川・津保川・粥川・鳥羽川及びその支流に沿って分布している.特に美濃市生櫛・志摩地域の長良川沿いに広く分布している.主に礫,砂及び泥からなる(第18図).

美濃市上河和
美濃帯堆積岩コンプレックスの一般走向は,西部ではほぼ東西であるが,北東部ではNE-SWで,南東部では東西方向で西にわずかにプランジした褶曲軸を持つアンチフォーム及びシンフォームが認められる.また,南西部では,西にプランジしE-WもしくはWNW-ENE方向の褶曲軸をもったアンチフォームがある.各岩石が単独もしくは複数の岩相組合せで構成される構造性スラブを形成しており,それぞれのスラブは走向方向とほぼ平行な断層で境されている.美濃市蕨生地域に広く分布する那比ユニットの粗粒砂岩・礫岩層の下底の断層は明瞭に構造的下位にある金山ユニットのメランジの構造を明瞭に切っている.
奥美濃酸性岩類の火山岩類は,美濃帯堆積岩コンプレックスをほぼ水平に近い面で不整合に覆っている.
溶結凝灰岩の葉理構造や火砕岩類に伴われる堆積岩は,一般に20°- 55°で傾斜している.洞戸岩体の分布は,明らかに北西―南東方向に伸びており,また高賀花崗岩の長径の方向も北西―南東方向である(第19図).この方向は,八幡岩体や濃飛流紋岩類の分布の伸びの方向と同じであり,白亜紀後期の火成活動時の堆積盆の構造規制の方向と考えられる.

本図幅地域において最も古い断層は,美濃帯堆積岩コンプレックスの上麻生ユニット及び舟伏山ユニット内で構造性スラブをつくる断層で,走向とほぼ平行に走る.これらは,ほぼ美濃帯堆積岩コンプレックスが形成された時期に活動した断層であり,主にジュラ紀中期から白亜紀前期にかけての時期に活動したと考えられる.
奥美濃酸性岩類においては堆積盆の形成に関連した断層が推定されている(棚瀬,1982).それらがそのまま残されていれば固結破砕帯としてみられるはずである.しかし,それらが確認できる場合は極めて少なく,延長方向への追跡も難しい.
こうした断層を除くと,本図幅地域においてはしばしば新期の断層が認められる.これらの断層は直線状の谷や鞍部として地形上のリニアメントに現われている場合が多く,未固結の断層破砕帯や断層粘土を伴うことも多いことから,比較的新しい時期に形成されたことを暗示している.
本図幅地域内を走る主要な断層としては,西南部においてWNW-ESE方向の梅原断層やNW-SE方向に走る武儀川断層,東部においてNE-SW方向に走り武儀川断層などと共役関係にあるとされる断層,北部においてほぼNW-SE方向に走る奥美濃酸性岩の東縁を画する断層及びそれに平行する断層などがある(松田,1974).これらの断層のうち西南部の梅原断層は第四紀に活動した活断層であり,濃尾地震など最近の地震活動に関係した地震断層でもある(第20図).本図幅地域の断層の多くは,北東部では根尾谷断層系や八幡断層及び阿寺断層系に平行する断層もしくは共役関係にあるとされる断層で,その形成の時期や原因となる応力は互いに密接に関連していると考えられる.

本図幅地域における地下資源は,金属資源・非金属資源さまざまなものが知られているが,陶石を除いて現在は稼行されていない.
金属資源としては,本図幅地域中央部の銅鉛亜鉛鉱床が有名である.また,磁硫鉄鉱の存在も確認されている.宮本・服部(1952)は,本図幅地域の鉱山について概査を行い,結果を報告している.本地域における主な金属鉱山の分布を第21図に示す.
福地ほか(1957)は,金城鉱山,相戸鉱山,新柿野鉱山,矢坪鉱山について詳しく報告している.
金城鉱山は,美山町柿野東洞に位置する.石灰岩と石英斑岩との接触部に胚胎する接触交代鉱床である.鉱石は,主として磁硫鉄鉱よりなり,閃亜鉛鉱・方鉛鉱・黄銅鉱が集中している箇所がある.スカルン鉱物としては灰鉄輝石,ざくろ石が目立つ.明治10年頃から銅を採掘し,北山のふもとで精錬していた(第22図).
新柿野鉱山は,柿野東洞から小瀬見に至る峠の頂上付近に位置する.チャート・石灰岩中に胚胎する接触交代鉱床で,鉱石は磁硫鉄鉱のほか黄銅鉱・閃亜鉛鉱・方鉛鉱を含み,一部に硫カドミウム鉱や孔雀石が認められる.
相戸鉱山は,美山町出戸の北北東2.5kmにあり,標高580m程度である.石灰岩と石英斑岩の接触部付近または石灰岩とチャートの境界付近のスカルン中に胚胎する接触交代鉱床で,このほか閃亜鉛鉱及び方鉛鉱の高品位鉱を含む白色粘土脈がある.鉱石は磁硫鉄鉱をはじめ閃亜鉛鉱・方鉛鉱・黄銅鉱を主とする.
矢坪鉱山は,美濃市蕨生北方約2.5kmにある.石英斑岩と石灰岩・チャートとの接触部付近に胚胎する接触交代鉱床で不規則な塊状をなしている.主要鉱物は閃亜鉛鉱・硫鉄鉱・方鉛鉱・黄銅鉱・硫化鉄鉱である.
このほかの金属資源としては,美濃帯堆積岩コンプレックスのチャートにはマンガンを産することがあり,昭和20年頃には本図幅地域内各地で採掘されていた.いずれも小規模で,現在は稼行されていない.
非金属資源としては,石灰岩・ドロマイト・大理石や亜炭・陶石がある.美濃帯堆積岩コンプレックスの舟伏山ユニット内に分布する石灰岩やドロマイトは,西隣接する「谷汲」図幅地域では現在も採掘されているが,本図幅地域では採掘されていない.大理石は美山町西洞で昭和12年頃と昭和35年頃採掘していた.その他亜炭(草炭)が,美山町日永で戦後採掘されていた.この亜炭は,石灰岩層中のチャート層に挟まれて,無煙炭として産する珍しい例である.同様な無煙炭は,「金山」地域にも産出している(水谷・小井土,1992).また,美濃市南部では,小規模ながら陶石を採掘している.


美山町柿野東洞
本図幅地域内で発生する自然災害は主に地震による被害と,過去の幾つかの台風や集中豪雨などによる風水害である.
本図幅地域で最大の被害を出したのは,明治24年(1981)10月28日に起こった濃尾大震災で,武芸川町や高富町美山町などで数多くの死傷者がでるなど,本図幅地域全域に多大なる被害を与えた.特に本図幅地域南西部では梅原断層の変位によって鳥羽川の川底が変わり,200町歩の稲田が水没した(松田,1974).
昭和34年9月26日夜半に通過した伊勢湾台風は猛烈な暴風雨によって家屋,道路,田畑などに甚大な被害を与えた.昭和51年9月8日から12日まで降り続いた9.12豪雨は,総計774mmに及ぶ集中豪雨で,美濃市を中心に多くの被害を与えた.本図幅地域は,そのほかにも数多くの風水害にみまわれ,橋,道路,家屋,田畑,農作物などに被害がでている.